志田千陽と松山奈未の解散理由とは?不仲説の真相や新パートナーを解説
「えっ、嘘でしょ!?シダマツが解散!?」
2025年の夏、日本中に衝撃が走ったあのニュース。今でも昨日のことのように思い出しては、ちょっと胸がキュッとなってしまうファンの方、私だけじゃないはずです。
長年、日本の女子ダブルスを牽引し、パリオリンピックでは感動的な銅メダルをもたらしてくれた「シダマツペア」。
あんなに息ぴったりで、あんなに仲が良さそうだった二人が、どうして別々の道を選ばなきゃいけなかったの?もしかして、裏ではバチバチに仲が悪かったの?…なんて、心配や憶測が止まらなくなっちゃいますよね。
でも、安心してください。私が徹底的にリサーチして分かったのは、この解散がネガティブなものではなく、お互いの未来を思った上での「前向きな卒業」だったという真実です。
今回は、今はもう見られないあの最強ペアの解散理由について、当時の会見の様子や裏話、そして2026年現在の二人の「その後」まで、たっぷりと深掘りしてお話ししていきますね。
- 解散理由:喧嘩じゃない!「世界一」への温度差とモチベーションのズレ。
- 松山選手:パリ五輪での燃え尽きと、怪我によるコンディション不良。
- 志田選手:「もっと上へ行きたい」という強い執着心と覚悟。
- 現在:志田選手は新パートナー・五十嵐(旧姓:東野)選手とロス五輪へ!
志田千陽と松山奈未の解散理由!不仲説は本当?
それでは、一番気になる「解散の真相」について切り込んでいきましょう。
ネット上では「不仲説」なんて言葉も飛び交いましたが、実際のところはどうだったんでしょうか?二人の言葉や当時の状況を紐解いていくと、トップアスリートならではの切実な葛藤が見えてきました。
不仲説はデマ!モチベーションのズレが原因
まず、声を大にして言いたいのは、「不仲説は完全にデマですよ!」ということです。
SNSなんかを見ていると、「試合中に目を合わせてなかった」とか「ハイタッチがぎこちなかった」なんていう、こじつけのような意見を見かけることもありました。でも、長年ペアを組んでいれば、言葉を交わさなくても通じ合う瞬間もあるし、調子が悪い時に無理に明るく振る舞えないことだってありますよね。
実際の解散理由は、もっとアスリートとしての根幹に関わる部分…ズバリ、「モチベーションと目標のズレ」でした。
パリ五輪で銅メダルを獲得した後、二人の時計の針が少しずつズレ始めてしまったんです。
例えるなら、一緒に高い山(オリンピック)を登りきって、「ふぅ、やりきったね。ここで少し景色を見て休もうか」と思った松山選手と、「いや、まだ隣にもっと高い山(世界ランク1位・次回金メダル)がある!休まずあそこも登ろう!」と思った志田選手。
どちらが悪いわけでもなく、ただ「見ている未来」のタイミングが合わなくなってしまった…というのが真実なんです。
実際、解散を発表した会見でも、お互いをリスペクトする言葉がたくさんありました。志田選手は「ナミ(松山選手)がいたからここまで来れた」と涙ぐんでいましたし、松山選手も「チハル(志田選手)の夢を邪魔したくない」と語っていました。
これを聞いて、「不仲で喧嘩別れ」なんて思う人はいないはずです。むしろ、お互いを思いやるがゆえの「発展的解消」だったんだなと、私は胸が熱くなりました。
パリ五輪後に松山奈未が感じた燃え尽き
もう少し詳しく、それぞれの心境に寄り添ってみましょう。
まずは松山奈未選手です。
彼女にとって、2024年のパリオリンピックは、バドミントン人生の全てを懸けた大舞台でした。怪我に苦しみながらも、志田選手と支え合って掴み取った銅メダル。その瞬間、彼女の中で張り詰めていた糸が「プツン」と切れてしまったのかもしれません。
これ、いわゆる「燃え尽き症候群(バーンアウト)」に近い状態だったんじゃないかなと思います。
トップアスリートにとって、オリンピックという目標はあまりにも巨大です。そこに向けて4年間、いやもっと長い年月をかけて、毎日血の滲むような努力を続けるわけですよね。
そして、いざメダルという結果を手にした時、達成感と同時に「もうこれ以上、あんなに苦しい日々を過ごせないかもしれない」「次は一体何を目指せばいいの?」という虚無感に襲われることは、決して珍しいことではありません。
松山選手は非常に責任感の強い選手です。だからこそ、「中途半端な気持ちでコートに立ってはいけない」「100%の情熱を持てないまま、志田選手の隣に居続けることは失礼だ」と、自分自身を追い込んでしまったのかもしれません。
「休みたい」という気持ちと、「期待に応えなきゃ」という気持ちの板挟み。その苦しみは、私たちの想像を絶するものがあったはずです。
志田千陽の世界一への執着と強い覚悟
一方で、志田千陽選手の心の中は、松山選手とは対照的でした。
彼女の胸に燃えていたのは、「まだ終わりたくない!女子ダブルスで世界一になりたい!」という、さらに激しい炎だったんです。
パリでの銅メダルは確かに素晴らしい結果でしたが、志田選手にとっては「悔しさ」の残る色だったのかもしれません。「もっとやれる」「金メダルを獲りたい」…その渇望感は、オリンピックが終わってもしぼむどころか、ますます膨れ上がっていきました。
志田選手って、昔から本当に負けず嫌いで向上心の塊みたいな人なんですよね。
以前、彼女のルーツについて調べた記事(志田千陽の小学校は八郎潟!当時の成績やバドミントンを始めたきっかけ)でも書きましたが、小学生の頃から「強くなりたい」一心で親元を離れるような女の子でしたから。その芯の強さは、大人になっても変わっていなかったんです。
でも、パートナーである松山選手が苦しんでいるのも痛いほど分かっていたはずです。
「自分がもっと上を目指したいと言えば言うほど、ナミを追い詰めてしまうんじゃないか…」
そんな葛藤もあったと思います。それでも最終的に解散を選んだのは、自分の夢に嘘をつきたくないという「エゴ」ではなく、松山選手を解放してあげたいという「優しさ」と、プロアスリートとしての「覚悟」があったからこそなんじゃないでしょうか。
怪我とコンディション不良による葛藤
精神的な面だけでなく、身体的な問題も大きな要因でした。
実は松山選手、パリ五輪の前から腰の状態があまり良くなかったと言われています。
バドミントン、特にダブルスの後衛を担当することの多い松山選手にとって、腰への負担は半端じゃありません。激しいスマッシュ、低い姿勢でのレシーブ、コート中を飛び回るフットワーク…。満身創痍の状態で戦い続けていたんです。
オリンピックが終わって、アドレナリンが切れた時に、ごまかし続けてきた体の痛みが一気に押し寄せてきたのかもしれません。
「万全のコンディションでプレーできない」「思うように体が動かない」
これって選手として一番辛いことですよね。
もしこのままペアを続けて、大事な試合で自分の怪我のせいで負けてしまったら?志田選手の足を引っ張ってしまったら?
そんな不安を抱えながらプレーすることは、松山選手にとって耐え難いことだったはずです。
解散の背景にあった要素
- モチベーション:「休みたい」vs「進みたい」のズレ。
- フィジカル:松山選手の腰の怪我と蓄積疲労。
- タイミング:オリンピック後の再スタートを切るには今しかなかった。
こうして見ると、解散は「逃げ」ではなく、お互いのキャリアを守るための「英断」だったことがよく分かります。
2025年世界選手権が涙のラストマッチ
そして迎えた2025年8月。フランス・パリで行われた世界選手権が、シダマツペアとしての本当のラストマッチとなりました。
この大会、私はテレビの前で正座して見ていましたが、もう涙なしでは見られませんでしたよ…。
結果はもちろん全力で応援していましたが、それ以上に、二人がコート上で交わす視線や、得点が決まった時のハイタッチ、その一挙手一投足を目に焼き付けようと必死でした。
最後の試合が終わった瞬間、志田選手の目から涙が溢れ出したのを見て、私も思わずもらい泣き。
あの涙は、負けた悔しさだけじゃなかったと思います。
「これで終わりなんだ」という寂しさ、「今までありがとう」という感謝、「これからは一人で戦っていくんだ」という不安と決意…全ての感情が入り混じった、本当に綺麗な涙でした。
試合後のインタビューで、松山選手が少し照れくさそうに、でも晴れやかな笑顔で志田選手の肩を叩いていたシーン。あれこそが、シダマツペアの絆の深さを証明するラストシーンだったんじゃないかなと思います。
志田千陽の解散理由とその後!新パートナーは誰
シダマツロスで日本中が悲しみに暮れる中、志田千陽選手は立ち止まりませんでした。
彼女の視線は、すでに次の夢、2028年のロサンゼルスオリンピックへと向けられていたんです。
ここからは、驚きの新パートナーとの出会いや、2026年現在の志田選手の挑戦について、最新情報をお届けします!
新パートナーは五十嵐有紗!旧姓東野と結成
解散発表から少し経って、「志田千陽の新パートナー決定!」のニュースが飛び込んできた時、私はスマホを二度見しちゃいました。
「えっ、相手って…あの東野有紗選手!?」って。
そうなんです。志田選手の新しい相棒となったのは、混合ダブルス「ワタガシペア(渡辺勇大・東野有紗)」で一時代を築いた、あの五十嵐有紗(いがらし ありさ)選手(旧姓:東野)だったんです!
五十嵐選手もまた、パリ五輪を機に混合ダブルスからの転向を決意し、女子ダブルスでの挑戦を模索していました。同時期に結婚されて、登録名が「東野」から「五十嵐」に変わったので、最初は「誰?」と思った方もいたかもしれませんね(笑)。
「世界を知る前衛・五十嵐有紗」と「世界屈指のオールラウンダー・志田千陽」。
この二人が組むなんて、まさにドリームチーム!漫画の展開みたいじゃないですか?
ファンの間では早速「シダガシ」とか「アリチハ」なんて愛称で呼ばれていて、期待値は爆上がりです。
| 項目 | 志田千陽 | 五十嵐(東野)有紗 |
|---|---|---|
| 得意ポジション | 後衛・オールラウンド | 超・前衛(ジャンピングスマッシュ!) |
| 特徴 | 粘り強いレシーブとスタミナ | 男子顔負けのスピードと決定力 |
| 共通点 | 世界大会でのメダル経験、負けず嫌い | 同じく世界メダリスト |
(※二人とも攻撃力が半端ないので、ハマれば最強の攻撃型ペアになりそうです!)
混合から転向した新ペアの課題と手応え
ただ、いくら個々の能力が高いからといって、すぐに結果が出るほどダブルスの世界は甘くありません。
実際、結成当初(2025年秋頃)の試合では、連携ミスが目立つ場面もありました。
特に難しかったのが、「ローテーションの違い」だと思います。
五十嵐選手はずっと混合ダブルス(ミックス)をやってきました。ミックスと女子ダブルスでは、動き方や戦術が全然違うんです。ミックスでは男性がカバーする範囲が広いのに対し、女子ダブルスは二人で均等にコートを守らなきゃいけません。
志田選手もインタビューで、「最初は全然噛み合わなくて、どうしようかと思った(笑)」と正直に吐露していました。
「私が下がるべきなのか、アリサさんが前に出るべきなのか、瞬時の判断が迷ってしまう」
そんな試行錯誤の日々が続いたそうです。
でも、2026年に入ってからは、徐々にその歯車が噛み合い始めています!
五十嵐選手の持ち味である「前衛での圧倒的なスピード」を活かしつつ、志田選手が後ろからゲームを組み立てる形が見えてきました。
「課題だらけ」と言いつつも、二人の表情はすごく楽しそう。新しいことに挑戦するワクワク感が伝わってきて、見ているこっちまで応援したくなっちゃいます。
松山奈未は引退せず現役続行で再起目指す
一方、ペアを解消した松山奈未選手のことも気になりますよね。
「もしかして、そのまま引退しちゃうんじゃ…」と心配していた方も多いと思いますが、安心してください!松山選手は「現役続行」を表明しています!
これは本当に嬉しいニュースでした。
現在は所属チームである再春館製薬所に残り、まずは腰の怪我を完治させること、そして心身のコンディションを整えることを最優先に過ごされています。
SNSなどでは、チームの若手選手の練習相手をしたり、ベンチでアドバイスを送ったりする姿も見られていて、少しずつ表情も明るくなっているようです。
「一度休んで、またバドミントンが楽しいと思えるようになったら、コートに戻りたい」
そんな風に語っていた松山選手。焦る必要はありません。私たちはいつまでも待っていますから。
もしかしたら将来、松山選手が新しいパートナーと組んで、志田・五十嵐ペアと決勝戦で戦う…なんてドラマチックな展開もあるかもしれませんよ!?そう考えるとワクワクしませんか?
ロス五輪金メダルへ向けた志田千陽の挑戦
志田選手にとって、シダマツペアの解散は「終わり」ではなく、世界一という夢を叶えるための「通過点」でした。
新しいパートナー・五十嵐選手と共に目指すのは、もちろん2028年ロサンゼルスオリンピックでの金メダルです。
パリで届かなかった「あと一歩」。その距離を埋めるために、彼女はあえて厳しい道を選びました。
年齢的にも、ロス五輪は選手として脂が乗った集大成の時期になるはずです。
経験豊富な五十嵐選手という強力な相棒を得て、さらに進化した「ニュー・志田千陽」がどんなプレーを見せてくれるのか。シダマツ時代とはまた違った、攻撃的でスピーディーなバドミントンで世界を驚かせてくれることを確信しています。
志田千陽の解散理由と未来への前向きな決断
ここまで、志田千陽選手と松山奈未選手の解散の真相と、その後の歩みについてお話ししてきました。
改めて振り返ると、この解散は「悲しい別れ」ではなく、お互いが自分らしく輝くための「前向きな決断」だったことが分かります。
- 世界一を目指して走り続ける志田選手。
- 一度立ち止まって、自分を見つめ直す松山選手。
進む道は分かれてしまいましたが、二人が築き上げた「シダマツ」の歴史が消えることはありませんし、二人の絆が変わることもありません。
それぞれの場所で戦う二人を、これからも変わらず、いや今まで以上に全力で応援していきましょう!
頑張れ、チハル!頑張れ、ナミ!
二人の未来が、これまで以上にキラキラと輝くものになりますように!
